姉川合戦から小谷落城(元亀騒乱)3 「志賀の陣」は浅井・朝倉氏滅亡の道の始まり【どうする家康の別視点】

【どうする家康の別視点】「志賀の陣」は浅井・朝倉氏滅亡の道の始まり
【姉川合戦から小谷落城3】
戦国合戦シリーズ2-3
姉川合戦の後に、浅井・朝倉軍が堅田・坂本の滋賀郡や、京都市外の醍醐・山科まで出張して信長軍と戦った「志賀の陣」。あまり知られていないが、4ヶ月にわたって比叡山周辺に立て籠もる浅井・朝倉軍と、それを麓から攻める信長軍の攻防が続いた。この「志賀の陣」の結果が、浅井氏・朝倉氏の滅亡に、直接つながっていく。新出史料も提示しながら詳細を追う。